平成21年10月21日

警視庁が法華講員の刑事告訴(”傘突き事件)を受理



平成21年8月2日に西新井署管内で起きた法華講員に対する暴行事件につき、同署は被害者である法華講員の告訴状を受理した。

今回刑事告訴が受理されたことにより、加害者の逮捕及び背後関係解明が進むことが期待される。


平成22年3月6日

全国初!

日護会主催の市民による創価学会解散要求の市民デモ行進が新宿区内において盛大に行われた。

当日、小雨模様の中にも関わらず、多くの市民が創価学会解散・公明党解散・を叫んで、新宿区花園西公園を出発し信濃町駅まで、警察の厳重な警備の中執り行われた。

創価学会・公明党に対するこのような市民デモ行進は日本初の出来事である。
平成22年5月3日

「カルト撲滅・課税デモ」第2弾
<憲法20条を守れ!! 池田を国会で喚問しろ!! >
が3月に続き行われた。

3月よりも多くの市民が参加し、日本一の繁華街新宿歌舞伎町の中、新宿通りを行進した。

前回にも増す厳重な警察の警備保護の中、明らかな学会男子部の妨害監視部隊をしり目に高らかに池田の国会喚問要求が叫ばれた。

道行く多くの市民より激励・賛同の声が寄せられた。

これらの国民の声に与党民主党はどのように答えるのだろうか?
期待される。
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平成22年5月15日

「写真週刊誌フライデーに
元山口組系後藤組組長が
上梓した暴露本の記事が
掲載された。

かねてより噂されていた、
創価学会と暴力団とのかか
わりを一方の当事者が赤ら
らに語った内容は、噂が全
て真実だったことが判明した

これを知って、今尚、学会に
いる善男女はどうするか?

早く脱会してこの巨悪を解体して欲しいものだ。
山口組系元組長がはじめて告白した創価学会との関係

 日本最大の暴力団、山口組の「武闘派」として知られ、一昨年引退した後藤組の後藤忠政・元組長が回想録『憚りながら』を出版する。注目すべきは、公明党の支持母体「創価学会」との知られざる関係が初めて明らかにされている点だ。
  創価学会は七〇年代から、富士宮市の「大石寺」周辺の土地を買収。富士桜自然墓地公園など数々の施設を造成した。が、その過程で地元との軋轢が生じ、大規模な反対運動に見舞われた。それを押さえ込むために学会が利用したのが、後藤組だったという。
 当時、後藤元組長との窓口になったのは、創価学会の顧問弁護士で、池田大作・創価学会名誉会長の片腕として知られた山崎正友氏(故人)。後藤元組長は本書の中でこう述懐する。
〈あの男(山崎)がすべて仕切っていて、池田ともサシで話し合えるぐらいの実力は持ってたんだ。実際、俺にも「親分のことは池田会長に伝えてあります。池田会長も『くれぐれもよろしく』と言ってました」と言ってたんだから〉
 この山崎氏のあとを継いだのが学会幹部のXだった。
〈(Xは)私利私欲じゃなしに、俺とのトラブルを含め、学会の抱えているさまざまな問題を何とか収めようという姿勢だった。(中略)俺自身はXを悪い人間とは思っていない。一番の悪はやっぱり裏で、山崎だの、Xだのに汚れ仕事≠ウせといて、表では善意に満ち盗れた教祖サマ面してる、池田大作だろうな〉
 後藤元組長は、Xの素性を明かしていないが、本書によれば、池田名誉会長の側近といわれる元公明党最高顧問の藤井富雄・元東京都議であるという。後藤元組長と藤井元都議との密接な関係や、二人の密会ビデオ≠フ存在も明らかにされている。
 今回、創価学会との関係について明らかにした理由について、後藤元組長はこう語る。〈学会、いや、池田大作のために、それまで散々働いてきた連中や、俺みたいに協力してきた人間を、用済みになったと思ったら、簡単に切り捨てるようなやり方が許せんのだよ〉 創価学会広報室は、「(後藤組元組長に依頼した点や、元組長と藤井元都議との関係について)そのような事実はございません」と回答した。
 池田名誉会長は何を思う?

「週刊文春」平成22年5月20日号





山口組屈指の武闘派として恐れられた大幹部が初めての自叙伝を上梓!

元後藤組 組長(後藤忠政氏)が明かした「ヤクザと創価学会の真実」

一宗教法人が、実は暴力団組織の力を利用し、国政を左右するほどまでに勢力を伸ばしていたとなれば、その法人格は即刻、剥奪されて然るべきだろう。創価学会が犯した大罪を、あの元組長が激白した――。

 全国827万世帯に信者を持つと言われる巨大宗教団体・創価学会に、大スキャンダルが持ち上がった。同団体のさまざまな活動において、名誉会長の池田大作氏(82)の了解のもと、ヤクザの協力を仰いでいたとする証言が飛び出したのだ。
 その当事者として名乗り出たのは、一昨年まで日本最大の極道組織・山口組の2次団体、後藤組(本部=静岡県富士宮市)を率いていた後藤忠政氏(67、本名・忠正)である。後藤氏はこのほど、自身初の自叙伝『憚りながら』(宝島社刊=5月15日発売)を上梓。同書は、山口組きっての武闘派と言われた後藤氏が半生を振り返りつつ、関与を取り沙汰された事件や政財界の人脈、裏社会から見続けた世間のありようなどをモノローグ形式で語ったもので、日本の裏面史を辿るうえでも興味深い内容となっている。
 問題の箇所は「創価学会との攻防」と題した章だ。後藤氏によれば、創価学会との関係が生まれたのは'75〜'76年頃のこと。創価学会はもともと日蓮正宗の信徒の集まりで、かつては富士宮市の大石寺を本山としており、後藤組とは本拠が同じという共通項があった。
 創価学会が後藤氏の力を必要としたのは、'69〜'70年頃から大石寺周辺の土地を買い占め、大本堂建立や「創価学会富士桜自然墓地公園」造成といった総額1000億円に及ぶ大規模事業を進めていたためである。つまり、巨大利権にまつわるトラブル処理のため、後藤組を用心棒として使ったうえ、ダーティーワークも任せていたというわけだ。当時の創価学会の顧問弁護士で、学会と後藤氏を繋ぐパイプ役でもあった山崎正友氏(故人)が、後年に創価学会を追放されてから著した『懺悔の告発』によれば、最後まで学会に抵抗した人物に対して、後藤組組員はその自宅にブルドーザーで突っ込み、日本刀で片腕を切り落としたとある。
 さらに、創価学会自体のやり方も強引そのもので、後藤氏いわく学会は、大本堂を造る時からデタラメなことをしていたんだ。大本堂を造る際に、市道を勝手に(市の許可なく)潰したり、農地を不正に取得したりしてな〉といったもの。こうした行状から創価学会に対する反対運動が起き、後藤氏は前述の山崎氏からこう持ちかけられたという。
〈山崎から「何とかならんか」という相談があった。そういう裏の話は当時、あの男(山崎)がすべて仕切っていて、池田ともサシで話し合えるぐらいの実力は持ってたんだ。実際、俺にも「親分のことは池田会長に伝えてあります。池田会長も『くれぐれもよろしく』と言ってました」と言ってたんだから〉
 しかし、後藤組が介入してもなお、反対運動は鎮静化せず、富士宮市議会では'80年末から、関係者の証人喚問、強制調査、さらには証言拒否や偽証には禁錮や罰金刑を科せる「百条委員会」の設置に向けた動きが始まった。議会には山崎氏の証人喚問、池田氏に与えていた名誉市民称号の取り消しを求める声も噴出。窮地に陥った学会は、再び後藤組を頼った。〈この間('80年)、山崎は学会を破門(除名)になって失脚するんだけど、山崎が作った俺とのパイプは生きていて、今度は地元の公明党の連中を通じて(百条委員会を)「何とかして欲しい」という相談があったんだ。それで(百条委員会設置)賛成派の連中に話≠したわけだ〉
 結果は創価学会の思惑通りに。百条委員会は'81年春に設置されたものの、公明党などの猛烈な切り崩しにより、何ら機能しないまま同年末に解体されたのだ。
 だが、その直後、創価学会と後藤氏の縁はいったん切れる。後藤氏によれば、学会が後藤組を切り捨てようとしたためで、憤激した後藤氏は竹入義勝・公明党委員長、矢野絢也・公明党書記長(肩書はいずれも当時)に、二度にわたって内容証明を送付した。しかし、学会が黙殺したうえ、'83年6月に突然、富士宮署に「後藤組潰滅対策本部」が設置されたことから、後藤氏はこれを学会の差し金と見て激怒。'85年11月には後藤組系幹部らが創価学会文化会館(東京・信濃町)に発砲し、逮捕される事件が発生する。この件について、後藤氏は、
〈これには池田もビビッただろうな。そりゃそうだわ、行く先々でパン≠チて音がするんだから(笑)。それで慌てて、俺んところに池田の使いが飛んできて、詫びを入れてきたんだ〉
 という。これがキッカケで、創価学会と後藤氏は再び協力関係に。新たな窓口は、後藤氏のもとへ謝罪に訪れた前述の池田の使い≠ナ、後藤氏はこの人物を「X」と呼称し、前述の山崎氏が学会から追放された後は〈このXが裏≠フ仕事を担当していたんだ〉と述べている。
  同書は注釈として、後藤氏が「X」の正体を一切語ろうとしないとしたうえで、これまでの報道などから、この人物が池田氏の側近中の側近と言われた〈藤井富雄・元公明党東京都議会議員であることは、もはや疑いようのない事実だ〉と付記している。さらに、次の二つの事実も記載。一つは'91 年に日蓮正宗が創価学会を破門し、対立が激化すると、日蓮正宗の総本山・大石寺で発砲事件などが発生したこと。もう一つは、'95年辺月頃、藤井氏と後藤氏が映った密会ビデオ≠フ存在が政界で噂され、これを材料に、与党の自民党が住専国会で新進党を切り崩したとされることだ。
 後藤氏自身は前述の大石寺を巡る事件には何も触れておらず、密会ビデオについても、事実関係こそ認めているものの、
〈どんな会話をしたかなんて、そんなことは憶えちゃいない。当時はXとしょっちゅう密会≠オてたもんでな(笑)〉
 としか答えていない。
 自分自身もしくは旧後藤組関係者を守ろうとしているのか、このような調子で事件の核心部分となると言を避けている印象が拭えないのは確かだ。だが、それを割り引いても、学会と後藤氏が緊密な関係にあったことは十分に窺い知れる。
 後藤氏が今になって創価学会との関係を明かした理由は、義憤にあるという。
「創価学会は人を利用するだけ利用して、用済みとなれば簡単に切り捨ててきた」、
「池田教≠ェ国家権力の中枢に入り込み、日本を乗っ取ろうとしている」と糾弾したうえで、
〈一番の悪はやっぱり裏で、山崎だの、Xだのに汚れ仕事≠させといて、表では善意に満ち溢れた教祖サマ面してる、池田大作だろうな〉
 と、痛烈に批判しているのだ。
 創価学会が後藤氏の弁をどのように受け止めるかは、同書が発売される5月15日以降の反応を待つしかない。だが、後藤氏は、創価学会と袂を分かち、現在は反学会の立場で論陣を張る前述の矢野絢也氏を引き合いに出し、こうも述べる。
〈池田や学会、公明党がガタガタ言ってくるんなら、いつでも相手になってやるよ。なんなら民主党も、学会と反目になって『黒い手帖』とかいう本を出した矢野さんと俺を、国会で証人喚問したらどうだ〉
 創価学会の出方が大いに注目される。

「フライデー」平成22年5月28日号
平成22年6月5日

創価学会脱会者を支援する会

が首都圏・関西圏・で一斉に街頭宣伝活動をはじめた。

地縁・血縁・仕事上・と辞めたくても辞めさせてもらえない、
カルト集団より一人でも多くの人を救い出そうと、創価学会の素顔を暴く内容と国民のほとんどが聞いたこともない池田大作氏の生の声を集めて、広報しています。

勇気ある行動に街角であったら声をかけてあげましょう!

政教分離もカルトを解体しなければ達成は難しいと思われます。